LINE
Instagram

お知らせ

【安すぎて逆に怖い国】ウズベキスタン建築探訪報告会 日時:6月20日 土曜日19時 場所ライクスホーム本社ショールーム参加費:無料 

2026.06.01

ご予約は公式LINEよりお願いいたします。

■1日目
朝9時出発、ソウルで乗り継ぎ、15時間後 夜ウズベキスタン到着。

到着してすぐ現地SIMを購入。
ここまでは順調…のはずが、受付の女性が電話番号を書き間違えるというトラブル発生。

「すぐ終わるでしょ」が甘かった。

設定がうまくいかず、1時間悪戦苦闘。
ようやく開通してタクシーアプリで市内へ。

深夜に20分乗って450円。

安すぎる。安すぎて逆に怖い。
この国、完全に物価がおかしい。

■2日目
乗り換えに自信がなかったので駅構内ホテルに宿泊。

ここで人生初の出来事。
トイレットペーパーが流せない。

気づかず流してしまい、
「あれ?なんかおかしいぞ」となり、
自分で取り出してゴミ箱へ。

50過ぎてやることじゃない。

海外では普通らしいけど、なかなかの衝撃。

朝8時半の急行でサマルカンドへ。
「青の都」と言われるだけあって、建築のスケールと美しさが桁違い。

夕方はレジスタン広場で内部撮影。
建物の大きさと装飾に圧倒される。

ビビハニム遺跡の真横のホテルに宿泊。
日本では絶対ありえない立地。

■3日目
朝5時起床。

この国で一番美しいと言われる青タイル建築を撮影。
これは本当にすごい。言葉が出ないレベル。

午後はホテルに戻って素材チェック。
その後チェックアウトしてバックパッカーへ移動。

午前中は仕事対応。
しかし安宿のWi-Fiが弱すぎてLINEすら繋がらない。

「宿選び、大事すぎる」

後悔しながら市場へ。
ウズベキスタン名物プロフ(ピラフ)を食べる。

これが本当にうまい。
この旅一番かもしれない。

■4日目
元のホテルに戻り、この日は完全に仕事。

そして感じたこと。

おじさんの一人旅は、若い頃と違う。

若者同士の輪に入りにくい。
自然に仲間ができる感じがない。

自由だけど、正直ちょっと寂しい。

「これが最後の一人旅かもな」と少し思う。

■5日目
日本人がほとんど行かない秘境、タジキスタンツアーへ参加。

参加者は自分とイギリス人のみ。

しかし国境でトラブル。
イギリス人はビザが必要で入国できない。

結果、自分一人でツアー続行。

ガイドは22歳、日本語学科の大学生。
しかもセブンレイクは初めて。

「30分くらいで着きます」→実際2時間。

日本ならクレームもの。
でもここではなぜか笑える。

友達と旅しているようで楽しかった。

ガイドはテンション高く動画を撮りまくり、
気づけば自分がカメラマン役。

夕食にも誘われたが、
体力の限界で断念。

夜、宿に戻るとさらに問題発生。

予約したはずが「満室」と言われる。

30分待たされた後、
案内されたのは倉庫のような従業員部屋。

鍵なし。

寝ている間もスタッフがタオルなどを取りに出入り。

日本では絶対ありえない。

■6日目
バックパッカーで知り合ったオランダ人夫婦とタクシーを割り勘。

18kmで350円ほど。

安いとかいうレベルじゃない。

■7日目
ブハラ到着。

タクシーアプリが使えず、交渉して通常の約3倍で移動。
それでも日本より安い。

遺跡の前のホテルに宿泊。

街を歩きながら撮影。

レンガ建築に感動。

日本のレンガは約6cm。
こちらは3cmで1000度焼成し、内部をセラミック化。

さらに漆喰にはラクダのミルクや卵を混ぜて強度アップ。

何百年も持つ理由を実感。

完全にタイムスリップした気分。

ブハラの焼成レンガはメンテナンス次第で「1000年以上」、理論上は「数千年」もつことが実証されています。

現存するイスマイール・サマニ廟(10世紀建立)が、修復を繰り返しながらも約1100年前の姿を留めているのがその動かぬ証拠です。

なぜこれほどまでに長持ちするのか、プロの視点で動画に組み込める「3つの理由」をまとめました。

1. 驚異の「焼結(しょうけつ)」レベル

ブハラの伝統的なレンガ窯では、現地の粘土を非常に高温(約1000°C以上)で焼き上げます。

  • セラミック化: 高温で焼くことで土の粒子が融解し、もはや「土」ではなく「石(陶器)」に近い性質に変化しています。
  • 低吸水率: よく焼き締められたレンガは吸水率が低いため、乾燥地帯特有の「塩害(地中の塩分が水と共に吸い上げられ、結晶化して建物を壊す現象)」に対しても非常に強い抵抗力を持ちます。

2. 「薄さ」がもたらす構造的利点

ブハラのレンガは日本のレンガ(厚さ約6cm)よりも薄い(約3〜5cm)のが特徴です。

  • 均一な火通り: 薄いことで、芯までムラなく焼き上げることができます。内部に未焼成の部分が残らないため、経年劣化による内部からの崩壊が起こりにくいのです。
  • 柔軟な目地: 薄いレンガを積むということは、それだけ「目地(モルタル)」の層が多くなります。この多層構造が、地震などの振動を逃がす「クッション」の役割を果たし、構造体全体の寿命を延ばしています。

3. 環境との相性(究極の適材適所)

  • 乾燥気候: ブハラは非常に乾燥しているため、木材のように腐朽菌に襲われることも、鉄筋コンクリートのように内部の鉄筋が錆びて爆裂することもありません。
  • 紫外線に強い: 現代の建材(樹脂や塗料)は紫外線で劣化しますが、無機物のレンガは太陽光を浴びても化学変化を起こしません。

■8日目
この日は1日ホテルで仕事と素材チェック。

ここはWi-Fiが強く、初めて快適に作業できた。

今回の教訓。
「宿はWi-Fi速度を必ず確認すること」

池のほとりでマグマン(トマトスープ麺)を食べる。
650円。

やっぱり物価がおかしい。

■9日目
朝5時起き、電車で移動。

なぜか昼なのに寝台列車。

しかもトイレは駅近くでは使用不可。

Googleの情報を信じて乗り続けた結果、
途中で降ろされる。

「もうAIは信用しすぎない」

フランス人夫婦とタクシーを割り勘して古代都市へ。

到着した瞬間、圧倒される。

ヒヴァの『土と藁』の城壁、そして砂漠に眠る2000年前の要塞

1000年前の街がそのまま残っている。

1000年以上もつ土の建築の秘密は、この1〜3年おきに行われる『塗り直し』にあります。

表面の泥が犠牲になって、中の構造体を守る。

日本の茅葺き屋根の差し替えや、外壁の塗り替えと同じ思想ですが、

ここではそれが『現地の土』だけで完結している。

メンテナンスフリーを謳う現代の建材よりも、

実はこういう『直し続ける建築』の方が、結果として1000年という時間を生き残る。

建築屋として、このサステナブルの本質にはハッとさせられますね。

ヒヴァの城壁や建物の「土(泥)の補修」は、建築屋さんの視点で見ると「建物の呼吸を守るための定期メンテナンス」そのものです。表面の塗り直し(左官仕上げ):1年〜3年周期

最も頻繁に行われるのが、表面の「泥パテ(泥と細かく刻んだ藁を混ぜたもの)」の塗り直しです。

  • 周期: 毎年、または2〜3年に一度。
  • 理由: ヒヴァは乾燥していますが、たまに降る強い雨や、冬の凍結、そして砂嵐によって表面が少しずつ削られていきます。
  • 建築的意味: この表層がいわゆる「犠牲層」です。中にある構造体(本体の土壁)が雨に濡れて溶け出さないよう、表面の薄い泥の層が身代わりになって剥がれ落ちる設計になっています。

構造体(パフサ)の積み増し・補強:10年〜30年周期

壁自体の厚みが減ってきたり、大きな亀裂が入った場合の本格的な修繕です。

  • 周期: 10年〜30年、あるいはそれ以上。
  • 理由: 表面のメンテナンスを怠ると、雨水が内部に浸入し、土が「流動化」して壁が膨らんだり崩落したりします。
  • 建築的意味: この段階では、新しい土と藁を練り直し、欠損部分に「パフサ(ブロック状の土)」を詰め直します。

■10日目
早朝から撮影。

57mの塔に登るが、階段が怖すぎて四つん這い。

城壁の上を歩き、完全に異世界。

しかし帰ろうとしたら門が閉まっている。

英語でひたすら叫ぶ。

なんとか開けてもらう。

HPにできいる当社の職人さんそっくりの顔面凶器のおじさん発見!

「この地域はもともと砂漠の地盤。これだけの重量物を垂直に建てるのは至難の業です。100年以上経っても傾きが見られないのは、基礎工事(地盤改良)に相当な知恵が絞られた証拠。当時の棟梁たちの『垂直への執念』を感じます。」

■11日目

1300円の激安タクシーにて駅まで30KM 移動
夜行の寝台列車16時間移動。

間違った列車に乗りそうになり、
周りの人に助けられる。

言葉は通じないが、人は優しい。

■12日目

朝、気づいたら途中駅で降ろされていた。

ロシア人のおじさんに起こされて外へ。

朝5時半、何もない駅で1時間待機。

その後タクシーでホテルへ。

地下鉄は何駅乗っても22円!!

直径が2〜3メートルを超え、一度に数百キロ〜1トン(約1,000人〜数千人分)のプロフを炊き上げられるモンスター級の鍋

そして今回の最終目的地
ナヴォイ劇場へ。

日本人が建設に関わり、
地震でも倒壊しなかった建物。

現地で今でも尊敬されている理由を実感。

ここだけは一人でじっくり撮影。日本人抑留者による「奇跡の職人魂」

この劇場の歴史を語る上で外せないのが、第二次世界大戦後にシベリアなどから連行され、この地で強制労働を課された日本人抑留者たち(約450名)の存在です。

感謝を伝える記念プレート: 劇場の壁面には、彼らの功績を称えるプレートが掲げられています。「強制労働」という言葉ではなく、「彼らの貢献によって建設された」と、彼らの尊厳を守る言葉が日本語・ウズベク語・英語で刻まれています。■まとめ

過酷な環境での誠実な仕事: 道具や資材が圧倒的に不足し、食料もまともにない過酷な状況下にあっても、日本の職人たちは「日本人として恥ずかしくない、最高のものを作ろう」と一切の手抜きをせず、信じられないほどの高い精度で煉瓦や石を積み上げました。

1966年 タシュケント大地震の伝説: 1966年、タシュケントをマグニチュード8クラスの大地震が襲い、街の建物の多くが崩壊・倒壊しました。しかし、このナヴォイ劇場だけはガラス一枚割れず、びくともせずに無傷で残ったのです。この一件により、現地の人々は日本の「ものづくり」に対する深い敬意と信頼を抱くようになりました。

・物価はバグレベル
・Wi-Fiは完全に運
・言葉はほぼ通じない
・でも人は本当に優しい

そして

おじさんの一人旅は、
自由だけど、ちょっと寂しい。

でも

また来たいと思っている自分がいる。

#ウズベキスタン
#一人旅
#建築オタク
#海外旅行
#サマルカンド
#ブハラ
#ヒヴァ
#旅のリアル
#ナヴォイ劇場

お問い合わせ お問い合わせフォーム 0120-914-017(お客様専用) 048-235-8809
お問い合わせ お問い合わせフォーム 0120-914-017(お客様専用) 048-235-8809
カタログダウンロード。ご希望のカタログをダウンロードできます。ぜひご覧ください! カタログダウンロード。ご希望のカタログをダウンロードできます。ぜひご覧ください!
PAGETOP
Verified by MonsterInsights