無垢、自然素材の家 ライクスホーム

ご予約は公式LINEよりお願いいたします。
■1日目
朝9時出発、ソウルで乗り継ぎ、15時間後 夜ウズベキスタン到着。
到着してすぐ現地SIMを購入。
ここまでは順調…のはずが、受付の女性が電話番号を書き間違えるというトラブル発生。
「すぐ終わるでしょ」が甘かった。
設定がうまくいかず、1時間悪戦苦闘。
ようやく開通してタクシーアプリで市内へ。
深夜に20分乗って450円。
安すぎる。安すぎて逆に怖い。
この国、完全に物価がおかしい。
■2日目
乗り換えに自信がなかったので駅構内ホテルに宿泊。
ここで人生初の出来事。
トイレットペーパーが流せない。
気づかず流してしまい、
「あれ?なんかおかしいぞ」となり、
自分で取り出してゴミ箱へ。
50過ぎてやることじゃない。
海外では普通らしいけど、なかなかの衝撃。
朝8時半の急行でサマルカンドへ。
「青の都」と言われるだけあって、建築のスケールと美しさが桁違い。
夕方はレジスタン広場で内部撮影。
建物の大きさと装飾に圧倒される。

ビビハニム遺跡の真横のホテルに宿泊。
日本では絶対ありえない立地。

■3日目
朝5時起床。

この国で一番美しいと言われる青タイル建築を撮影。
これは本当にすごい。言葉が出ないレベル。

午後はホテルに戻って素材チェック。
その後チェックアウトしてバックパッカーへ移動。
午前中は仕事対応。
しかし安宿のWi-Fiが弱すぎてLINEすら繋がらない。
「宿選び、大事すぎる」
後悔しながら市場へ。
ウズベキスタン名物プロフ(ピラフ)を食べる。
これが本当にうまい。
この旅一番かもしれない。
■4日目
元のホテルに戻り、この日は完全に仕事。
そして感じたこと。
おじさんの一人旅は、若い頃と違う。
若者同士の輪に入りにくい。
自然に仲間ができる感じがない。
自由だけど、正直ちょっと寂しい。
「これが最後の一人旅かもな」と少し思う。

■5日目
日本人がほとんど行かない秘境、タジキスタンツアーへ参加。
参加者は自分とイギリス人のみ。
しかし国境でトラブル。
イギリス人はビザが必要で入国できない。
結果、自分一人でツアー続行。
ガイドは22歳、日本語学科の大学生。
しかもセブンレイクは初めて。
「30分くらいで着きます」→実際2時間。
日本ならクレームもの。
でもここではなぜか笑える。
友達と旅しているようで楽しかった。
ガイドはテンション高く動画を撮りまくり、
気づけば自分がカメラマン役。

夕食にも誘われたが、
体力の限界で断念。
夜、宿に戻るとさらに問題発生。
予約したはずが「満室」と言われる。
30分待たされた後、
案内されたのは倉庫のような従業員部屋。
鍵なし。
寝ている間もスタッフがタオルなどを取りに出入り。
日本では絶対ありえない。
■6日目
バックパッカーで知り合ったオランダ人夫婦とタクシーを割り勘。
18kmで350円ほど。
安いとかいうレベルじゃない。

■7日目
ブハラ到着。

タクシーアプリが使えず、交渉して通常の約3倍で移動。
それでも日本より安い。
遺跡の前のホテルに宿泊。
街を歩きながら撮影。
レンガ建築に感動。
日本のレンガは約6cm。
こちらは3cmで1000度焼成し、内部をセラミック化。
さらに漆喰にはラクダのミルクや卵を混ぜて強度アップ。
何百年も持つ理由を実感。
完全にタイムスリップした気分。
ブハラの焼成レンガはメンテナンス次第で「1000年以上」、理論上は「数千年」もつことが実証されています。
現存するイスマイール・サマニ廟(10世紀建立)が、修復を繰り返しながらも約1100年前の姿を留めているのがその動かぬ証拠です。
なぜこれほどまでに長持ちするのか、プロの視点で動画に組み込める「3つの理由」をまとめました。
ブハラの伝統的なレンガ窯では、現地の粘土を非常に高温(約1000°C以上)で焼き上げます。
ブハラのレンガは日本のレンガ(厚さ約6cm)よりも薄い(約3〜5cm)のが特徴です。
■8日目
この日は1日ホテルで仕事と素材チェック。
ここはWi-Fiが強く、初めて快適に作業できた。
今回の教訓。
「宿はWi-Fi速度を必ず確認すること」
池のほとりでマグマン(トマトスープ麺)を食べる。
650円。
やっぱり物価がおかしい。

■9日目
朝5時起き、電車で移動。
なぜか昼なのに寝台列車。
しかもトイレは駅近くでは使用不可。
Googleの情報を信じて乗り続けた結果、
途中で降ろされる。
「もうAIは信用しすぎない」
フランス人夫婦とタクシーを割り勘して古代都市へ。
到着した瞬間、圧倒される。

ヒヴァの『土と藁』の城壁、そして砂漠に眠る2000年前の要塞
1000年前の街がそのまま残っている。

1000年以上もつ土の建築の秘密は、この1〜3年おきに行われる『塗り直し』にあります。
表面の泥が犠牲になって、中の構造体を守る。
日本の茅葺き屋根の差し替えや、外壁の塗り替えと同じ思想ですが、
ここではそれが『現地の土』だけで完結している。
メンテナンスフリーを謳う現代の建材よりも、
実はこういう『直し続ける建築』の方が、結果として1000年という時間を生き残る。
建築屋として、このサステナブルの本質にはハッとさせられますね。

最も頻繁に行われるのが、表面の「泥パテ(泥と細かく刻んだ藁を混ぜたもの)」の塗り直しです。
壁自体の厚みが減ってきたり、大きな亀裂が入った場合の本格的な修繕です。

■10日目
早朝から撮影。
57mの塔に登るが、階段が怖すぎて四つん這い。
城壁の上を歩き、完全に異世界。
しかし帰ろうとしたら門が閉まっている。
英語でひたすら叫ぶ。
なんとか開けてもらう。

HPにできいる当社の職人さんそっくりの顔面凶器のおじさん発見!

「この地域はもともと砂漠の地盤。これだけの重量物を垂直に建てるのは至難の業です。100年以上経っても傾きが見られないのは、基礎工事(地盤改良)に相当な知恵が絞られた証拠。当時の棟梁たちの『垂直への執念』を感じます。」
■11日目
1300円の激安タクシーにて駅まで30KM 移動
夜行の寝台列車16時間移動。
間違った列車に乗りそうになり、
周りの人に助けられる。
言葉は通じないが、人は優しい。
■12日目

朝、気づいたら途中駅で降ろされていた。
ロシア人のおじさんに起こされて外へ。
朝5時半、何もない駅で1時間待機。
その後タクシーでホテルへ。
地下鉄は何駅乗っても22円!!

直径が2〜3メートルを超え、一度に数百キロ〜1トン(約1,000人〜数千人分)のプロフを炊き上げられるモンスター級の鍋

そして今回の最終目的地
ナヴォイ劇場へ。
日本人が建設に関わり、
地震でも倒壊しなかった建物。
現地で今でも尊敬されている理由を実感。
ここだけは一人でじっくり撮影。日本人抑留者による「奇跡の職人魂」
この劇場の歴史を語る上で外せないのが、第二次世界大戦後にシベリアなどから連行され、この地で強制労働を課された日本人抑留者たち(約450名)の存在です。
感謝を伝える記念プレート: 劇場の壁面には、彼らの功績を称えるプレートが掲げられています。「強制労働」という言葉ではなく、「彼らの貢献によって建設された」と、彼らの尊厳を守る言葉が日本語・ウズベク語・英語で刻まれています。■まとめ
過酷な環境での誠実な仕事: 道具や資材が圧倒的に不足し、食料もまともにない過酷な状況下にあっても、日本の職人たちは「日本人として恥ずかしくない、最高のものを作ろう」と一切の手抜きをせず、信じられないほどの高い精度で煉瓦や石を積み上げました。
1966年 タシュケント大地震の伝説: 1966年、タシュケントをマグニチュード8クラスの大地震が襲い、街の建物の多くが崩壊・倒壊しました。しかし、このナヴォイ劇場だけはガラス一枚割れず、びくともせずに無傷で残ったのです。この一件により、現地の人々は日本の「ものづくり」に対する深い敬意と信頼を抱くようになりました。
・物価はバグレベル
・Wi-Fiは完全に運
・言葉はほぼ通じない
・でも人は本当に優しい
そして
おじさんの一人旅は、
自由だけど、ちょっと寂しい。
でも
また来たいと思っている自分がいる。
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