無垢、自然素材の家 ライクスホーム

ご予約は公式LINEよりお願いいたします。
2026年3月30日から4月11日まで、25年ぶりとなる一人旅に挑戦してきました。
建築を見たい、世界を見たい、そんな軽い気持ちで出発したのですが、気づけば建築視察よりも「生き延びる力」を鍛える旅になっていました。
■1日目
朝9時出発、ソウルで乗り継ぎ、15時間後 夜ウズベキスタン到着。

空港でSIMカードを購入。しかし1時間格闘しても電話がつながらない。
海外では「1人を信じるな、3人に聞け」が鉄則。あちこちで見てもらった結果、原因はまさかの最初の携帯ショップのお姉さんの電話番号メモ書きミス。
日本ならクレーム案件ですが、本人もニコニコ。「海外あるある」
ようやく開通してタクシーアプリで市内へ。
深夜に20分乗って450円。
安すぎる。安すぎて逆に怖い。
この国、完全に物価がおかしい。
言葉と乗り換えに自信がなかったので駅構内ホテルに宿泊。
■2日目
ここで人生初の出来事。
トイレットペーパーが流せないの目印を発見!
気づかず○○してしまい、
「あれ?なんかおかしいぞ」となり、
自分で便器から紙を取り出してゴミ箱へ。
50過ぎてやることじゃない。
海外では流せないのは普通らしいけど、なかなかの衝撃。

朝8時半の急行でサマルカンドへ。2時間半
「青の都」と言われるだけあって、建築のスケールと美しさが桁違い。

夕方はレジスタン広場で内部撮影。
建物の大きさと装飾に圧倒される。
ビビハニム遺跡の真横のホテルに宿泊。1部屋8,000円
日本では絶対ありえない立地。

■3日目
朝5時起床。

この国で一番美しいと言われる青タイル建築を撮影。
これは本当にすごい。言葉が出ないレベル。

午後はホテルに戻って素材チェック。
その後チェックアウトしてバックパッカーへ移動。
午前中は仕事対応。
しかし安宿のWi-Fiが弱すぎてLINEすら繋がらない。
「宿選び、大事すぎる」
後悔しながら市場へ。
ウズベキスタン名物プロフ(ピラフ)を食べる。
これが本当にうまい。
この旅一番かもしれない。
■4日目
元のホテルに戻り、この日は完全に仕事。
そして感じたこと。
おじさんの一人旅は、若い頃と違う。
若者同士の輪に入りにくい。
自然に仲間ができる感じがない。
自由だけど、正直ちょっと寂しい。
「これが最後の一人旅かもな」と少し思う。

■5日目
現地の情報収集の為に日本人がほとんど行かない秘境、日本語ガイド付きのタジキスタンツアーへ参加。
参加者は自分とイギリス人のみ。
しかし国境でトラブル。
イギリス人はビザが必要で入国できない。
結果、自分一人でツアー続行。
ガイドは22歳、日本語学科の大学生。
しかもセブンレイクは初めて。
「30分くらいで着きます」→実際2時間。
日本ならクレームもの。
でもここではなぜか笑える。
大学生ガイドは初めての場所に大興奮!自分のスマホでインスタのライブ配信の動画を撮りまくり、
気づけば僕がガイドの学生の為にカメラマン役。

でも 友達と旅しているようで楽しかった。

ジミー大西に似たドライバーが帰りにスピードオーバーで警察に捕まるも 賄賂360円で見逃して貰う!

学生ガイドに夕食にも誘われたが、
体力の限界で断念。
夜、バックパッカー宿に戻るとさらに問題発生。
予約したはずが「満室」と言われる。
30分待たされた後、
案内されたのは倉庫のような従業員部屋。
鍵もなく、夜中じゅうスタッフが清掃用具を出し入れするたびに起こされ、「これは宿泊なのか、それとも夜勤なのか」と考えながら朝を迎えました。
日本では絶対ありえない。
■6日目 2時間半の新幹線ブハラ移動
駅までのタクシー18kmで350円ほど。
安いとかいうレベルじゃない。
ブハラ到着。タクシーアプリが使えず、交渉して通常の約3倍で移動。
それでも日本より安い。

遺跡の前のホテルに宿泊。1部屋8000円
街を歩きながら撮影。
レンガ建築に感動。
日本のレンガは約6cm。
こちらは3cmで1000度焼成し、内部をセラミック化。
さらに漆喰にはラクダのミルクや卵を混ぜて強度アップ。
何百年も持つ理由を実感。
完全にタイムスリップした気分。

■7日目

ブハラの焼成レンガはメンテナンス次第で「1000年以上」、理論上は「数千年」もつことが実証されています。
現存するイスマイール・サマニ廟(10世紀建立)が、修復を繰り返しながらも約1100年前の姿を留めているのがその動かぬ証拠です。

なぜこれほどまでに長持ちするのか、3つの理由」をまとめました。
ブハラの伝統的なレンガ窯では、現地の粘土を非常に高温(約1000°C以上)で焼き上げます。
ブハラのレンガは日本のレンガ(厚さ約6cm)よりも薄い(約3〜5cm)のが特徴です。
■8日目
この日は1日ホテルで仕事と素材チェック。
ここはWi-Fiが強く、初めて快適に作業できた。
今回の教訓。
「宿はWi-Fi速度を必ず確認すること」
池のほとりでマグマン(トマトスープ麺)ウズベキスタン版の肉野菜あんかけうどん。だけど味は中華でも和風でもなく、羊肉、トマト、スパイスが効いたシルクロードの麺料理。」を食べる。
650円。てとも旨い!モチモチ麺

■9日目
朝5時起き、6時間の電車で移動。

なぜか昼なのに寝台列車。
しかもトイレは駅近くでは使用不可の垂れ流し式
GoogleのAI情報を信じて乗り続けた結果目的地前で
途中で降ろされる。
「もうAIは信用しすぎない」

車内で知り合った フランス人夫婦とタクシーを割り勘して2000年前の要塞古代都市へ。

到着した瞬間、圧倒される。

ヒヴァの『土と藁』の城壁、

砂漠に眠る2000年前の要塞

1000年前の街がそのまま残っている。

1000年以上もつ土の建築の秘密は、この1〜3年おきに行われる『塗り直し』にあります。

表面の泥が犠牲になって、中の構造体を守る。
日本の茅葺き屋根の差し替えや、外壁の塗り替えと同じ思想ですが、
ここではそれが『現地の土』だけで完結している。
メンテナンスフリーを謳う現代の建材よりも、
実はこういう『直し続ける建築』の方が、結果として1000年という時間を生き残る。

【人生初の土壁ホテルに宿泊】からの眺め

人生で初めて、土壁でできたホテルに泊まりました。

驚いたのは、約60cmもある分厚い土壁の断熱性能。外は冷えているのに、室内はまるで暖房をつけているかと思うほど暖かく、昔の人の建築の知恵に感心させられました。
さらに窓は樹脂サッシのペアガラス。伝統的な建物でありながら、快適性もしっかり確保されています。

そして部屋の窓を開けると、目の前には古代の城壁都市とお城が広がる絶景。
こんな歴史ある景色を眺めながら泊まれて、料金は1部屋約8,000円。
日本ではなかなか味わえない、まさに「時代を超えて暮らす」ような体験でした。

最も頻繁に行われるのが、表面の「泥パテ(泥と細かく刻んだ藁を混ぜたもの)」の塗り直しです。
壁自体の厚みが減ってきたり、大きな亀裂が入った場合の本格的な修繕です。


■10日目
早朝から撮影。

57mの塔に登るが、階段が急で怖すぎて四つん這いで上る
「この地域はもともと砂漠の地盤。これだけの重量物を垂直に建てるのは至難の業です。100年以上経っても傾きが見られないのは、基礎工事(地盤改良)に相当な知恵が絞られた証拠。当時の棟梁たちの『垂直への執念』を感じます。」

「昔の人は、どうやってこんなものを造ったんだろう」と考える時間は、建築屋として最高に贅沢でした。

入場料を払い秘密の階段の門を開けてもらい 城壁の上を歩き、完全に異世界。まるで『進撃の巨人』の世界

時間の忘れて夕暮れ迄浸っていると

日が暮れてしまい 帰ろうとしたら門が閉まっている。
そして ひたすら叫ぶ。【開けれくれー】と

10分後 なんとか開けてもらう。無事に町に帰る!

HPにできいる当社の職人さんそっくりの顔面凶器のおじさん発見!

プーチンの子孫?現地の高校生にインタビューを受ける
■11日目
1300円の激安タクシーにて駅まで30KM 移動
夜行の寝台列車16時間移動。
間違った列車に乗りそうになり、
周りの人に助けられる。
言葉は通じないが、人は優しい。
■12日目
朝、気づいたら途中駅で降ろされていた。
ロシア人のおじさんに起こされて外へ。
朝5時半、何もない駅で1時間待機。
その後タクシーでホテルへ。
戦争時はシェルターにもなる地下鉄は何駅乗っても22円!!
ソ連の最高の職人の施工の彫刻とタイルがとても美ししすぎる

直径が2〜3メートルを超え、一度に数百キロ〜1トン(約1,000人〜数千人分)のプロフを炊き上げられるモンスター級の鍋で激旨!同じ釜の飯の多すぎ!!

日本の炊き込みご飯に近いですが、プロフは「油で肉・玉ねぎ・にんじんをしっかり炒めて、その旨味で米を炊く料理」という感じです。特に、にんじんの量が多いこと、クミンの香り、羊肉の脂の旨味がウズベキスタンらしさです。

そして今回の最終目的地
ナヴォイ劇場へ。
日本人が建設に関わり、
地震でも倒壊しなかった建物。
現地で今でも尊敬されている理由を実感。
ここだけは一人でじっくり撮影。日本人抑留者による「奇跡の職人魂」
この劇場の歴史を語る上で外せないのが、第二次世界大戦後にシベリアなどから連行され、この地で強制労働を課された日本人抑留者たち(約450名)の存在です。
感謝を伝える記念プレート: 劇場の壁面には、彼らの功績を称えるプレートが掲げられています。「強制労働」という言葉ではなく、「彼らの貢献によって建設された」と、彼らの尊厳を守る言葉が日本語・ウズベク語・英語で刻まれています。
過酷な環境での誠実な仕事: 道具や資材が圧倒的に不足し、食料もまともにない過酷な状況下にあっても、日本の職人たちは「日本人として恥ずかしくない、最高のものを作ろう」と一切の手抜きをせず、信じられないほどの高い精度で煉瓦や石を積み上げました。
1966年 タシュケント大地震の伝説: タシュケントをマグニチュード8クラスの大地震が襲い、街の建物の多くが崩壊・倒壊しました。しかし、このナヴォイ劇場だけはガラス一枚割れず、びくともせずに無傷で残ったのです。この一件により、現地の人々は日本の「ものづくり」に対する深い敬意と信頼を抱くようになりました。
最終日
タシケント空港での大切なドローンをまさかの没収。
別室で約1時間待機となり、無事に帰国か出来るか?とても心配でした。
言葉の壁も想像以上でした。
英語が通じない場面も多く、Google翻訳に頼ろうにも、肝心な時に電波が入らない。
翻訳したいのに翻訳できない。
聞きたいのに聞けない。
結果として、身振り手振りと笑顔だけで乗り切る場面が何度もありました。
25年ぶりの一人旅ということで、若い頃を思い出してバックパッカー向けの宿にも宿泊してみました。
ところが周りは世界中から集まった20代の若者ばかり。
共用スペースでは皆が英語で盛り上がり、私は隅の席で静かにお茶を飲みながら人生について考えていました。
「50過ぎのおじさんが勢いと翻訳アプリだけで海外へ飛び出した結果どうなったのか」
そんな視点で楽しんでいただければ幸いです。
・物価はバグレベル
・Wi-Fiは完全に運
・言葉はほぼ通じない
・でも人は本当に優しい
そして
おじさんの一人旅は、
自由だけど、ちょっと寂しい。
でも
また来たいと思っている自分がいる。
【募集】延長パートの旅プレゼンター ✈️
八重樫の報告のあとは、みなさん自身の「旅の物語」をシェアする延長戦を企画しています。
・持ち時間:1人 10〜20分
・形式:プロジェクターでの発表(写真・映像・スライド歓迎)
・内容:旅先での発見やエピソード、人生を変えた瞬間など自由!
旅好き同士だからこそ共感し合える“あなただけの旅の一幕”をぜひ聞かせてください。
発表希望の方は、PCや発表資料などをご持参ください。